ポロムのさがしもの
「やっぱりない……」
部屋中をひっくり返した状態で、ポロムは溜息をついた。心当たりと呼べる場所はほぼ探し尽くした。元々几帳面な性格で、物を片付ける場所は必ずここと決めるタイプのポロムが、物を無くすなどということは滅多にない。ましてや、今回の捜し物は何年も前からの宝物で、風呂と就寝時以外はずっと肌身離さず置いておいたと言っても過言ではない扱いをしていたというのに。
遠くから飛空艇のエンジン音が聞こえる気がした。時計を見れば、刻限が迫っている。ポロムはもう一度深い溜息をつくと、ひっくり返した部屋をノロノロと片付け始めた。片付けながら見つからないかと淡い期待を抱きながら。何度見ても、捜し物が見つかることはなかった。
「バロンの誇る輸送部隊『赤い翼』の部隊長殿がこんな辺境の地にまで毎度お出ましとは、苦労をかけますな」
「いいえ。デビルロードを通れば一瞬とは言え、あの道を通るのは負担がかかります。ミシディアの将来を担う指導者殿にあまり負担はかけられませんから」
「なに、デビルロードの往復も修行の一環。ポロムほどの実力者なら一人でも難なく往復するじゃろう。まあ、そうは言ってもセシル殿のことだから毎度護衛をつけるのじゃろうな。それとも、セシル殿の命がなくともそなたが護衛を名乗り出るかの」
「俺がポロムを迎えに上がるのは、バロンの白魔道士団に指導を請うための賓客に対し失礼の無いようにとの、セシルの考えです。それ以上でもそれ以下でもないですよ」
「白魔道士団への指導なら、ローザ殿がおろう」
「ああ見えてローザは意外と感覚派で指導するには向いていませんから」
支度を済ませて祈りの館に入ると、長老とバロンの赤い翼の部隊長である聖竜騎士カインが丸テーブルを挟んでお茶を飲んでいるところだった。どうやら待たせてしまっていたらしい。
美しい空色の竜を思わせる鎧に身を包んだカインはその姿に誂えたかのような優雅な仕草でティーカップに口をつけ、口角をわずかに上げて長老と談笑をしている。少し身じろぎをすれば、無造作にまとめられただけの色素の薄い髪がさらさらと流れ、その様子はまるで絵のように美しく感じられてポロムはしばし見惚れてしまった。
「おお、ポロム。おぬしが遅刻とは珍しいの」
ぽーっとしているところに気付いた長老に呼ばれ、ポロムは弾かれたように二人のそばに駆け寄ると深々と礼をした。
「も、申し訳ありません! 少し捜し物をしていたもので……」
「見つかったのか?」
「い、いいえ。大したものではないので、また戻ってから探すことにします。さあ、急ぎましょう」
「そんなに急いで出なくとも、バロンには夕刻までに着けばいい。お前が遅刻するほど探すのに夢中になるほどの物が見つからないとなれば、任務にも身が入らないだろう」
「そ、そんなことは……」
「その様子だと慌てて準備をしたのだろう。忘れ物がないかだけでもゆっくり確認するといい。その間に、俺も捜し物を手伝ってやろう」
カインに視線を向けられて、思わず頬を赤らめて視線を外してしまう。カインからの申し出は思わぬものだったが、慌てて出てきたのは事実であり、忘れ物のひとつやふたつあっても不思議ではない。とはいえ、捜し物を手伝ってくれるということは、あのひっくり返した部屋にカインを上げるということであり、何を探しているのかもカインに知られるということで……。
「いっ、いいえ! カインさんのお手を煩わせるわけにはいきません! カインさんはここでゆっくりお待ち下さいっ!」
「それでも構わないが、お前が一度探して見つからないのなら別の目も加えて探した方が効率も良いし、万一見つからなくても諦めがつくのではないか? 俺はこう見えて竜騎士だ。目はいい方だぞ」
情けないことに、カインの言うことはほぼ正論で反論の余地がない。ポロムはつくづく自分の不注意を心中で嘆いた。しかし、カインといられる時間が少し長くなる、ということにも心が踊ってしまう。助け舟を求めて長老の方を見てみたが、長老は穏やかに笑っているだけだった。
「カイン殿がこう言っておることだし、時間までご厚意には甘えておきなさい」
「はい……」
そんなわけで、ミシディアの片隅にあるパロムとポロムの住まいにふたりはやってきた。パロムは現在、レオノーラと共にトロイアの方に出かけているためポロムが一人で暮らしている。ガチャガチャと鍵を開けて、扉を開けばポロムにとっては見慣れた光景が広がる。カインはここに来たのは初めてではないが、中に入るのは初めてだ。少し物珍しそうにゆっくりと視線を巡らせているのがわかって、ポロムは顔が熱くなるのを感じた。こんなことになるのなら、もっと綺麗に掃除をしてから出てくるべきだった。
「さて、いざとなればデビルロードを通ればバロンにはすぐだ。赤い翼の連中にも長老にも話はつけておこう。だから、気が済むまで探すといい」
「そ、そこまでしていただくには及びませんわ。せっかく飛空艇を出していただいているのに、赤い翼の隊員さん達にもご迷惑です」
「そう遠慮するな。俺がそうしたいだけなんだ。それに、ただお前を迎えに来るためだけに飛空艇を出しているわけではない。ちゃんと任務もあってのことだから心配するな」
その言葉に、幼い頃の記憶が少しだけ蘇る。試練の山で修行中のカインの様子伺いに、双子の姉弟はよく出かけていた。それは外界との関わりを絶たないようにとの長老の配慮であったが、最後まで親友たちと共に戦ってもなお、己の心を許せなかったカインにはほんの少しでも心休まる時間だったと後に彼は語っていたのが嬉しかった。そして、先程の台詞をカインは口癖のようにポロムに繰り返していた。
思い出の扉を開いて入り浸ってしまう前に、ポロムはブンブンと首を振った。今はそんなことをしている場合ではない。
「お前の部屋を漁るのはさすがに気が引けるから、俺は居間を中心に探すことにしよう。何を探していたんだ?」
柔らかく微笑むカインに、そんな場合ではないのに胸がドキドキと高鳴る。本当にこの人は穏やかに微笑むようになった。否、元々こういう風に微笑む人だということは試練の山にいたときからわかっていた。その笑顔に、ポロムはずっと心奪われてきたのだから。だが、カインはその笑顔の下にずっと色々なものを隠してきたのだ。誇り高い竜の兜を重ねてまで。
「あ、あの、本当に大したものではないのですけど……、指輪、です」
「指輪?」
「はい。その、有り体に言えば子供のおもちゃなんですけど、細い金色の指輪で、真ん中に小さな青いガラス玉が入ってるんです」
「……そうか。大事なものなんだな」
「……はい。とても」
それだけ言うと、カインはふいと視線を外し身を屈めて机の下などを覗き込み始めた。先程までの柔らかい表情が固くなったような気がして、それ以上声をかけられる雰囲気ではないと感じたので、ポロムも探しつつ荷造りをやり直すことにした。案の定、必要な魔道書を入れ忘れていて、カインにここまで見抜かれていたのだろうかと考えると気持ちが少し沈んだ。
自分の部屋のベッドや枕はもちろん、クローゼットの中をゴソゴソとひっくり返しながら、目を皿のようにして探してみるも見つからない。サイズが合わないので指に嵌めることはいつからかなくなったが、細身の鎖で腰のベルト部分に通しておいたのが間違いだったのだろうか。もうひとつの月でのあの激しい戦いを経ても尚、ちぎれて無くなることなどなかったのに。
カインも同じように、あちこちを慎重にひっくり返している気配がする。もう少し探して見つからないなら、それはもはや縁がなかったと諦めざるを得ないのだろうか。ここまできて縁がなかったというのはどうにも悲しい。それがポロムの気持ちを揺るがせた。